はじめに
うつ病とは、[1]抑うつ気分[2]興味、喜びの著しい減退[3]体重減少あるいは増加、食欲の減退または増加[4]不眠または睡眠過多[5]精神運動性の焦燥または制止[6]易疲労性または気力の減退[7]無と価値観、罪悪感[8]思考力や集中力の減退[9]死についての反復思考、自殺念慮、自殺企図の症状のうち5つ以上が2週間続く場合とする(DSM−Wによる)なかでも、精神症状として多いのは抑鬱気分、興味の喪失、意欲の低下の3つ、身体症状として多いのは、睡眠障害、疲れやすさ、食欲不振である。これらの症状は自律神経系の活動と関係があるのか、またあるとすれば自律神経系にどのような変化が起こっているのか論文を検索し、調べた。
キーワード
“うつ病”ד自律神経系”
論文1 不安とうつの自律神経機能
村永 鉄郎 穂満 直子 長井 信篤 成尾 鉄朗 野添 新一
近年、無侵襲的に行える事から臨床的に有用な検査方法である心拍変動の周波数解析を基に、うつ病性障害では心臓迷走神経能の低下が報告されている。しかし血圧変動の周波数解析による報告は少なく、うつがどのように末梢交感神経活動に影響を与えるかは不明な点が多い。これを明らかにするために、DSM−Wの診断基準を満たす未治療のうつ病患者8名、コントロール軍10名を対象に、位にて10分間の安静後、256秒間の橈骨動脈の脈拍、収縮期圧、拡張気圧を測定、さらに脈拍と拡張気圧の変動に関して周波数解析を行い、こ の周波数解析を用いて自律神経能の評価を行った。周波数領域に関しては、交感神経と副交感神経を反映するといわれる低周波数領域(low frequency;LF)を0.04〜0.15Hz、特に0.1Hz前後の末梢神経活動によるMayer波を明らかにするために中間周波数領域(mid frequency;MF)を0.08〜0.15Hz、呼吸性変動部分の迷走神経能を反映するとされる高周波数領域(high frequency;HF)を0.15〜0.5Hzとした。心臓迷走神経能の指標として脈拍変動のHF成分、末梢血管交感神経活動の指標として拡張期圧変動のLF成分と拡張期圧変動のMF成分の0.04〜0.5Hz成分に占める割合を用い評価を行った。この結果、心臓迷走神経能の指標とした拡張期圧変動のHF成分は、うつ性障害患者群でのみコントロール群に比し有意な低下を認めた。収縮期圧変動も同様にLF成分の低下を認め、末梢血管交感神経は活動性が低下していることが示唆される。これらのことから、うつ病性障害では全般的な自律神経機能指標の低下が示唆された。
論文2 精神状態像と心拍変動との関連
〜パワースペクトル解析による抑うつ状態の重症度評価〜
抑うつ状態では、憂うつ、億劫など中枢神経系由来の精神症状に加えて、不眠、食欲不振、動悸など自律神経機能異常に基づく多彩な身体症状が見られる。後者のうち頻脈化はコリン作動系の好発所見にあげられるが、寛解期には頻脈化が多く軽減もしくは正常脈性化する。著者らはHolter心電図の時間、周波数領域における自律神経機能の定量評価を行い、その数量化成績が抑うつ状態の重症度判定に有益か否か検討した。米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアルDSM-W-TRにより気分障害と診断された31例、年齢14〜85歳を対象に実験開始日に抑うつ状態のスクリーニングを、質問から抑うつ性を評価する自己評価式抑うつ性尺度(以下SDS)を用いて行い、抑うつ状態の重症度は、SDS成績が40点未満を抑うつ性に乏しい寛解期(以下Rem)、40台を軽うつ状態(以下D-1)、50点以上を中等度抑うつ状態(以下D-2)の3群に分類した。その後行ったHolter心電図は24時間の全記録指標を5分毎の区間に区切り分析処理した。分析項目のうち、時間領域は、2拍連続する洞性心拍の総数(以下TNNB)、QRS区間(以下NND)、全区間NNDの標準偏差(以下SDNN)、各区間NND平均値の全区間に渡る標準偏差(以下SDANN)、各区間のNND変動係数(以下CVRR;副交感神経の指標となる)および洞性心拍が3拍連続するN-N-Nパターンにおける2つのN−N間隔差(絶対値)の実行値(以下NNDrms;副交感神経の指標となる)を指標とした。周波数領域は、副交感神経活動の指標とされる周波数0.15〜0.40Hzの高周波数成分HF、副交感神経により修飾された交感神経活動の指標とされる周波数0.04〜0.15Hzの低周波数成分LF、LF/HFについて分析した。その結果、時間領域指標では抑うつ状態が顕在化するにつれてNNDの短縮化を認め、Rem、D-1、D-2、各群間全てに優位差が得られた。また、NNDは、自律神経機能に影響を及ぼす外因性要因が比較的少ない夜間帯から早朝にかけて、3群間の短縮格差がより増大した。さらに時間領域指標に関する定量評価の結果からTNNBは、NNDと同様に各群間で有意差が得られた。SDNN、SDANNはともにRemとD-2間にのみ有意差を認めたが、CVRR、NNDrmsは、後者のRemとD−1間の比較を除き、抑うつ状態が増悪するにつれて有意に低値化した。また周波数領域指標を群間別に百分位数(パーセンタイル)で表すとLF(M±SF)はRem群320±65、D-1群288±37、D-2群181±77であり、抑うつ状態の増悪に伴い有意な活動減弱を認めた。HF(M±SE)は、Rem群、D-1、D-2群が各々292±53、151±27、86±29であり、LFと同様に抑うつ状態増悪により有意に減弱した。LF/HF(M±SE)は、Rem群1.1±0.1、D-1、D-2群が各々2.1±0.3、1.7±0.2であり、D-1群方の2群に比し有意に高値であった。さらに同一個体の追跡調査として、周波数領域指標と抑うつ状態の重症度との関連性を検討してみると、LFの場合、400msec2 以下9例中7例は抑うつ状態増悪により活動が減弱しているが、残る2例と500ms2以上を示した3例は、1例を除き、抑うつ状態の増悪に伴い活動亢進を示した。HFは、1例を除き抑うつ状態の増悪に伴い活動減弱を来した。またLF/HFは、抑うつ状態の増悪により12例中9例で上昇した。これらの結果は抑うつ状態において自律神経両系の活動が同程度に減弱するのではなく、HFがLFに比べてより強く減弱化し、このアンバランスな自律神経活動減弱が抑うつ状態の頻脈化の主な要因と考えられ、抗うつ剤の抗コリン作用が自律神経機能異常による頻脈化をより助長するものと推測される。
次にLFとHFとの相関性を検討すると、Rem、D-1、D-2各群の相関係数は各々、0.61、0.41、0.68の有意な相関性を認めたが、D-1群の相関係数はRem群、D-2群に比べ低値であった。
以上全ての結果を見てみると、D−1群はLF/HFが他の2群より有意に高値であることに加えて、相関係数が相対的に低値を示した。その要因を明らかにする目的で、3群間のNND短縮格差がより増大した22:00〜6:00におけるCASE1、CASE2(ともにD-1群の症例)のLF、HFの各変動係数(以下各々CVLF、CVHF)の時系列曲線に着目するとCASE1のCVLFとCVHFは、ほぼ拮抗した経時的変動を示し、CVLF/CVHF0.9の値が得られた。CASE2ではトレンドグラム上はCVLFが活動亢進と減弱を繰り返しながら推移しているが、CVHFは、CVLFへの迅速な拮抗能が損なわれ、sympathovagal balanceの破綻を意味する平坦な経時的変動を示し、CVLF/CVHFも1.4とCASE1に比し高値であった。そこでCASE2を手がかりとし、各群でCVLF/CVHFが1以上の症例のトレンドグラムを用いてCVLFとCVHFとの拮抗能を調べた結果、CVLF/CVHF1以上はRem群4例、D-1群13例、D-2群6例であり、このうちHF活動が低振幅でsympathovagal balanceが破綻している、つまり副交感神経の交感神経に対する即応的拮抗能を損なっていると判定された症例数はRem群1例、D-1群7例、D-2群2例と、D-1群に高頻度であった。これらの事実は、抑うつ状態により自律神経がその重症度に関係なくアンバランスに活動減弱するだけではなく、sympathovagal balanceが崩れやすい状況に陥ることを意味している。
自殺企図を認めた4例の周波数領域指標の解析
うつ病性障害は、その特徴として自殺率が高く、うつ病相の再発を繰り返す症例の場合、その危険度がさらに大きく、うつ病相の初期と回復期に自殺行為に至りやすい。また、自殺の予兆には、孤立感、不安焦燥感、遷延性不眠、喪失体験など様々な危険兆候が指摘されている。今回対象とした31例中4例がHolter心電図記録前後の1週間以内に自殺企図を認め、そのうち2例には自殺の既往歴がある。抑うつ状態の重症度はCASE3〜5がD-2、CASE6がD-1であった。LF、HFの定量評価では4例に共通する所見として、両指標ともに60ms2以下の著しい活動減弱を認めた。自殺企図は認められなかったが、LF、HFが60ms2以下を呈した症例数は、前述の4例の他に3例あった。このことは、上記の危険兆候に加えて、自律神経活動の著しい減弱が自殺を未然に防止する新たな指標になる可能性がある。
考察
人がストレスを感じると、視床下部の下垂体からの指令が交感神経系を介して副腎髄質・皮質に伝わり、アドレナリン・コルチゾールが放出される。このため交感神経系の働きは亢進し、逆に副交感神経系の働きは抑制される。しかし重度のストレスに長期間曝されると、抑うつ状態に陥り、自律神経両系ともに弱まると考えられる。今回読んだ2つの論文で、ともに抑うつ状態では自律神経両系の活動減弱が認められたとの報告がなされたのはこの為ではないだろうか。また、後の論文では、自律神経のアンバランスな減弱化がうつ病の症状の一つである頻脈を起こす主な原因であることや、Holter心電図の結果から患者の自殺を予見できる可能性が示唆されている。これらの研究は今後さらに多くの症例数の検討が望まれるが、この例からもわかるように、自律神経機能の研究が社会問題としてのうつ病を解決するのに大きく貢献すると考えられる。さらにこれらの研究と併せて、自律神経衰弱の原因と考えられる脳の活動低下の原因究明と抑うつ状態時に見られる中枢神経系由来の精神症状の研究を総合的に進めて行く事が重要であると考えた。
まとめ
今回うつ病に関するビデオを見て、唾液によるストレス測定機器や、急性ストレス時に発現する70の遺伝子、慢性ストレス時に発現する24の遺伝子、それぞれの発見など、うつ病に対する研究が進んでいることに驚いた。それは裏返せばそれだけうつ病が社会問題として深刻だということでもある。うつ病に対する理解を深める意味においても、上記のような機器や研究は重要であり、一般の認識が変われば大きなうつ病予防につながると思った。